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2006年1月22日 (日)

ドラえもん最終話

巷(の一部)で話題のドラえもん最終話
ネットでストーリィが廻ってるときも読んだけど、「へー。」くらいの感想でした。

でもやっぱりこれをあのタッチで絵起こしされると、グッとこないわけにはいかない。
話自体は本来のドラえもんワールドに絶対あってはいけないものだとは思うのだけれど、御大自ら一度「さよならドラえもん」やっちゃったし、藤子的マンガ記号をああも的確に駆使されるといちいちツボに来ます。話の要約、構成、コマ割、すべてにおいてほとんど完璧(素人目には)。

ただこの作品に対して過剰なまでの反応を示しているのは、概して年齢層が高めのような。

今日はそこんとこについての個人的見解を。

ドラえもんは大好きだし、まんがも相当数読んでる。背景となる設定についてはもう国民的了解事項くらいに思ってるし、マンガ記号だ何だ言える位にはよく知ってるつもり。でも考えてみると、最近はTVで観ることをほとんどしないし、(第一声変わりした彼らをまだ聴いてない)。仕事も忙しいし。そういえば長編は「海底奇岩城」のあたりまでしか読んで(観て)ないなぁ。「宇宙戦争」とどっちが先だっけ?イヌネコの国の話はTVでチラッと見たけど、あんま面白くなかったような。これじゃさすがにコアなファンにはついてけないよね。というのがまあネット上においても平均像くらいに思ってるんだけど(自分を基準にしすぎか)。

まだまだ子供気分をひきずってるつもりでいて、そのじつ子供時代のダイレクトな手触りをいつのまにか遠くへ置き去ってしまっていた。そんな実はすっかり世間の垢にまみれた、ペン入れを省いてくすんでしまったのが、冒頭描かれる「いま」の(僕らの)視点。
ペンのインクも鮮やかな「あのころ」の頃の描写を挟み、物語は「いま」と「あのころ」が交互にカットバックしながら特異点へ収束してゆく。

ドラえもんが再起動し、「あのころ」の息遣いを第一声とともに発する。のび太としずちゃんが鮮やかなインクをのせられて「あのころ」にすうっと還っていくとき、僕らもまた、放課後の教室で、友達の部屋で、夏休みの勉強部屋で、一心にドラえもんを読みふけっていた「あのころ」の自分にフッと引き戻される。十数年の時を経てドラえもんに再会したのは、実は僕ら自身なのかも知れない。その感覚があのベタな感動話にのっかることで、どうしようもない切なさにもってかれちゃうのかも。
なんてことをチラと思ってみた。DSCN2812 

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