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2004年6月28日 (月)

とかなんとか言ってコッチでは暴走気味に語ってみたりして

しかしまあある意味ジャズというのは解体の音楽なワケで、メロディー(バップ)に限らず、ハーモニーを解体し(モード)、リズムすらも解体してしまって(フリー)きたのですが、そもそも壊すためには十分な理解が必要となるし、そうした造詣を脳内メモリに常駐させてはじめて演奏と観賞が成り立つところがジャズの選民的態度につながっていくのだろう。つまりバップの解体された音列を聴きながらメロディーを感じ、フリーのドシャメシャなリズムの中にビートを感じる(モードはちょっと解釈が違うかな。)時代が壊す過程にあった頃はやはりダイナミズムに満ちてみんなが熱に浮かされているですが、一通りその作業が終わると今度は成熟の時代がはじまる。方法論や決めごとはほぼ確立され、今度はそれを深化させていく仕事が次代に受け継がれる。この場合深化のベクトルは少なくとも2つあると思う。1つは常駐メモリをひたすら積み上げていって「分かる」人たちの間で究極の高みを目指すこと。もう1つは方法論と技術を徹底的に洗練することによって「誰にでも分かる(分からないかも知れないけど心地よい)」ものをつくり出してゆくこと。仏教と同じですが、結局分かる分からないという話は悟りの議論(にのらない考察)と同じ壺に入り込んじゃいますから。ただ音楽の大乗と小乗では2つの方向性が必ずしも背反的とは限らない。(コルトレーンのバラードとかその位置に近いと思いますがどうですか?)さらに脱線しますがこうした解体と再構築の歴史はジャズ特有のものでもなく、クラシックでもロックでもほぼ同じことがおこなわれている。モーツアルトなどはトレーンに似てる・・・と書こうと思っていやまてよ、むしろバードにそっくりじゃないか(いろんな意味でも)とか思ったりして。マーラーはオーネットかな。トレーンはベートーベンかも知れませんね。ロックだってもうすっかり再構築完了ですが、伝承芸能化する事は別にそう馬鹿にしたものでもなく、確立された技術と整備された方法論は間口を広げ敷居を低くする。ビートルズがキャバーンで使っていた機材をスペックだけなら100倍上回るモノ、を日本の高校生がちょこっとバイトしてライブに使えちゃうのもそういうことでしょう。これは文化の元禄的成熟であり、ジャンルの洗練と質的向上をもたらす。(続く)

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